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まんまるオシリのお月さま

カラダのコトとか人生とか悩みとかお尻とか

科学的に作られた世界

こんばんは。

 

今日はドクター向けの勉強会と懇親会があったので軽くアルコールが入っていますが、ブログを更新しようと思います。

ささやんです。(※ちなみに僕はドクターではありません)

 

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最近はSNSなどの発展が目覚ましく、色々と便利になったなぁと感じる場面が多々あります。

 

例えば近年はツイッターとかですぐに見ず知らずの人とも情報交換をできたり(良い面もあれば、悪い面もあります)

 

YouTubeには世界中の様々な動画が載っているわけで、一流スポーツ選手のプレーなんかもスマホがあればいつでもどこでも見れます。

 

いつの時代からか、世界的にも日本においても科学の発展は目覚ましく、電話が発明されたり、飛行機が空を飛んだり、ネットで世界中の人とコミュニケーションを瞬時にとれたりと・・・

科学の発展は本当に凄まじいものだと思います。

電話とか意味がわからない。なんで声が遠くの人に届くねん!!

 

 

しかし科学の発展はすごいとは思いますが、科学的な思考形態が一般化しているからこその発展であり、科学的な思考形態でなければまた違った世界が広がっていたことと思います。

 

 

 

ん?わかりづらい??

 

 

 

 

要するに、科学は進歩したというよりも、実際は分からないことだらけではあるのだけれど、科学で分かったことに基づいて文明が発展したから、科学が発展したように感じているだけでもあるということです。

 

科学的な思考形態が一般化していなかったら、今頃また全然違う世界になっていた可能性があるでしょう(良いとか悪いとかではなく)

科学的な発展がなされた世界だから、薬や手術などの急性期の医療が発展しました。

逆に科学的な思考形態でない世界の発展がもしあれば、そこの世界では遠隔治療などが一般化されていた可能性だってあるわけです。

 

世間一般でいう「常識」というのは「作られたもの」「規定されたもの」なのですね。

 

 

 

 

では科学とは何なのでしょうか?

科学的な思考形態とは一体何なのでしょうか?

 

 

 

まず前提として大切なのは、科学は万能ではないということです。

科学で取り扱える問題というのは、客観的に捉えられる問題であり、人間が認識できるものであり、再現性のあるものになります。

 

 

つまり大前提として「人間が勝手に規定した要素」を扱うということになります。

自然そのものを扱うのではなく、自然界から人間が切り取って名前をつけた要素(現象)を扱うということになります。

 

そのため、その要素間の関係性や傾向などは科学で分かりますが、科学では自然そのものを知ることはできません。

科学で分かる事というのは、人間の切り取った要素に規定されてくるのです。なので当然、名前のないものに対して科学は入り込む術がありません。

 

 

科学の役割というのは、物事を矛盾なく説明でき、結果を予測できる理論を構築することであります。

そのため、物事を科学的に説明することは可能ですが、その物事自体を科学では知ることはできないのです。

 

これは科学に限らず、人間の認識の構造であり限界でもあります。

 

 

今の科学では分かるようになったことも沢山ありますが、世界は分からないことだらけです。

科学の発展がすごいと感じるのは、科学的に作られた世界を生きているからです。

 

良い面は沢山学びつつ、それが全てではないということを知り、謙虚に世界を観察して生きたいと思います。