読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

まんまるオシリのお月さま

健康とか人生とか悩みとかお尻とか

相手のためなのか、自分のためなのか

雑感

人間は大きなお世話が大好き。

 

自分が誰かの役に立っていたい。

そうすることで人との繋がりを感じれる。社会の一員になれる。

そこで初めて心は安定できるのだろう。

 

定年を迎え、社会との関係が断たれた途端に体調を崩す人がいる。

 

子供が自立し、子育てを終えてから不調が生じる人がいる。

 

 

人の身体の健康は、心の有り様と、社会の中での立ち位置に大きく影響されるのだ。

 

 

 

だから大きなお世話というのは人々の健康のためには大切なものだ。

 

だが時として、その大きなお世話は相手にとって迷惑だということもある。

 

相手の顔をよくみること。科学の基礎は観察だというが、観察の重要性は何にでも言える。キャッチボールは相手のいるところを確認して、そこに投げなければ始まらないように。

 

 

 

 

 

 

バレンタインデーというモテ男のためのイベントがある。

僕自身も中3くらいまでは無意味に緊張してソワソワしていた。

無駄に一人の時間を作り、「いつでも声かけていいですよ」という環境設定をしていた。そんな無駄な悪あがきをしている僕。その悪あがきにすら気付いている人はいなかっただろう。

 

 

高校生くらいになると義理チョコというものが増える。クラス全員に配ったりするやつね。あれが一種の「ありがた迷惑」というやつだ。

 

まず、好きな女の子の手作りお菓子ならそりゃ占領して体中の穴という穴から食べてしまいたいけれど、そんな青春ストーリーは僕には皆無。僕の分のお菓子を作ってくるのは好きな子ではない。むしろ苦手な子だったりするわけだ。

 

そもそも僕はお菓子を食べる人間ではない。お菓子を食べると口内炎がすぐにできるし、胃がもたれる。だから基本的にお菓子は食べたくないのだ。

 

 

そんな僕に手作りのお菓子を渡すという行為。これこそ「ありがた迷惑」だ。

「手作りお菓子を渡す自分」という存在が大切なのであって、お菓子が好きではない僕の存在など別にどうでもいいのである。

 

 

こんな書き方をすると、普通の人が読めばどう見ても僕は性格がクソみたいに映るだろう。正解である。クソみたいな人間なのだ。

 

 

バレンタインデーというイベントに合わせて、女子力をエネルギーに、クラス全員分のお菓子を作る。すさまじいエネルギーだ。その時点でもう僕のようなクソみたいな人間より、遥かに社会貢献している。

 

 

だけど、そのエネルギーを振り回す行為は注意が必要だ。RPGのゲームではある程度のレベルがないと高度な武器は扱えないように、溢れんばかりのエネルギーは、それをコントロールする技術が必要だ。

 

 

その技術が未熟であり、エネルギーだけが高い未成年が、色々とヤンチャをしてしまい警察のお世話になったりする。

 

 

大人になるというのは、ここのコントロールができるようになってくることだ。

もしくはエネルギーだけが低下していき、コントロールする必要もなくなっている人もいる。それは成長ではなく老化である。

 

 

 

大人になる。自分のエネルギーをコントロールする。それはつまり「相手との関係」や「社会との関係」を考えながらアプローチするということである。

 

よく観察すること。

 

よく観察すれば「分かる」のだ。

 

 

 

 

観察していないで自己中心的なアプローチをするというのは、相手にとっては「ありがた迷惑」になる可能性が高い。

 

 

まぁ相手が迷惑だと感じていようと、ありがたいと感じていようと、私たちが他人に対して行うことは全て「大きなお世話」の領域から出ることはない。

 

 

 

好きな女の子から手作りお菓子をもらえれば、お菓子嫌いな僕でもハッピーだし、その「大きなお世話」に死ぬほど感謝するだろうし、余計に好きになってしまうことだろう。

 

 

 

人を喜ばせるには、結局「好きかどうか」だし、そうでないならば「迷惑」は確信犯でなければ痛々しい。。むろん大人になってからの話ではある。

 

 

f:id:sasataaaaa:20170309215204j:plain