まんまるオシリのお月さま

ささやんの頭の中

不確かさの中で

現代の世の中はなんでも分かりやすい形を求めてくる。A+B=Cという方程式が成り立つものが分かりやすく、美しいというような風潮である。だから周囲を見渡せば「〇〇は身体に悪い!」とか「綺麗になりたければ△△しなさい」とか、そんな薄っぺらい情報に溢れている。
果たして世界は本当にそのように分かりやすく構成されているのだろうか?

A+B=Cという方程式を考えてみる。するといきなりだけど、そもそもAというものはこの世に2つ存在しないという壁にぶつかる。AとはAであり、Aではない。抽象度を変えて見ればAと呼ぶこともできるけど、また見方を変えればAではないとも言うことができる。というだけである。いきなりややこしい・・
その観念を規定しているのは私たち人間だ。私たちが勝手に名称をつけて分類しているのである。その枠組みを取っ払えば、自然界に同じものは2つとして存在しない。

また自然界は時間と共に常に変化している。A+B=Cが成り立つとしても、1秒後には成り立たなくなっていることなんてザラにあるわけで…世界は常に流れているのだから。

であれば、方程式にあてはまるものはどういうものなのだろうか?それは「自然界に本来は存在しないもの」と言うことができるのではないか?

代表的なものが数字である。
数字は自然界に存在しない。存在しないものを人間が観念を作り、あたかも存在しているように見ている。だから方程式が美しく成り立つという側面があるのだろう。

反対に数値化できないものは方程式が成り立たない。例えば人間の感覚や感情、目に見えないもの、測定できないものなどである。

つまり自然界に存在するものは、基本的にこの世に2つとして同じものは存在しないということ。同一のものでも、時間経過で常に変化しているということ。
具体的なこの世界の事象には方程式など当てはまらないのである。方程式が当てはまるのは抽象的な人間の観念なんだ。

自然界は不確かさにより成り立っている。
自然現象はある程度予想することはできても、思った通りにならないことなどしょっちゅうなのだ。

だから自然を相手にすること。人間を相手にすることは楽しくて、苦しくて、様々な感情が湧き起こるのだろう。